カテゴリー別アーカイブ: 養子縁組

NPOのシンポジウムに参加


NPOの面談をした後、また、待つ日々が始まった。

代表の方は我々を気に入ってくれていたが、連絡は待てど暮らせどなく…季節は巡っていった。

ある日、一通の封書が届き、ドキドキする。

内容は、熊本県で行われる養子縁組のシンポジウムのチラシと申込書だった。

熊本県というと、「こうのとりのゆりかご」(「赤ちゃんポスト」と呼ばれていた)で有名な、慈恵病院のある県であり、このシンポジウムには、院長の蓮田医師が参加されるらしい。

こうのとりのゆりかご(慈恵病院)

興味はあるが、熊本。遠い。

いや、遠いけど、行けない事はない。特に予定がなく、土日である。

熊本は震災もあったし、一泊して美味しい物たくさん食べて散財すれば、復興支援にも繋がるはずだ。

行くか…!?

「いいじゃん、行こう行こう。」

と、ダンナ即答。

この人の、こういうとこが好きだなぁ…。考えてんのか考えてないのか解らないけど、私が「こうしたい」というと、いつも賛同してくれる。

だから頑張って来れたんだ。

なんかね、最近、本当にこの人と一緒になって良かった~と思ってます。

過去、「そんなに好きじゃない」風に書いていましたが、15年以上一緒にいて、徐々に徐々に有りがたさがしみてきました。

そんな感謝の気持ちを抱いて、私達は熊本に飛びました。

NPOでの養子縁組 面談


9月に説明会に参加、その後、こちらから、プロフィールとこれまでの不妊経緯、子供の養育方針などを文章にして10月にメールで提出したが、音信の無い事2ヶ月…。

果たして、我々は「待ち」状態なのか、それとも既に何かの理由で審査に落ちてしまったのか…。

やはり私の書いた文章はネガティブすぎたのだろうか? それとも先方がお忙しくて、新規の申請に対応していられないのだろうか?

あの時、最初に私が問い合わせをした時の事務局の誠意有る対応から、何も返事がない事が信じられなかったが、改めて問い合わせをして、「あなた達は落第しました」と聞くのが辛かった。

しかし、もやもやしたまま新年(2017)を迎えるのはイヤだ。

よし、思い切って電話しよう!

「もしもし」←この事務局はおそらく個人宅の電話なのか名乗らない。

「あ、○○○の事務局でしょうか?」

「はいそうです」

「あの、10月にメールを出した○○ですが、その後二ヶ月経って、何もお返事を頂けていないのですが、今私達は、待っている状態なのでしょうか?それとも、もう…なんというか、ふるい落とされてしまったような事なのでしょうか?」

先方、ビックリしたようで…

「えっ!? いえ、そういう事はなく、ちゃんと皆様と面談をすることになっているのですが、なにぶん沢山のお申し込みがあり、皆様二ヶ月以上お待ちいただいている状況なんです。本日代表のものがいないので、また○○日にお問い合わせいただけますか?」

少し安心。

そして後日……。再度TELすると、今度は代表の方とお話出来た!

どきまぎしながら、同じ内容を尋ねると、、

「○○さんですね…。面談の連絡がなくて不安だと…、その不安は捨てて下さって大丈夫ですよ。(←この方、いちいち優しいのです) 全国からたくさんの方のお問い合わせがあって、我々も忙しくしています。えっっと、来年のカレンダー…どこだっけかなぁ?」

おお?もしかして、我々の面談の日を決めてくれるの!?

「○○月○○日ではどうですか?ご主人は大丈夫ですか?」

休日であったので全く大丈夫な日でしたから即OK。

ひゃー、決まってしまったのだ。

もし私から電話をしなければスムーズに決まらなかったのではないだろうか? やはり養子縁組は、対人間の縁。こちらからの積極的なアクションが必要なのだと痛感した。

そして、迎えた新年。面談の日。

引っ越した先の銘菓を手土産に、NPO法人の事務所に向かう。

基本、代表である旦那様が対応してくれ、途中から奥様も参加した。

その夫婦の人となりを判断するので、4時間面談する…と予め聞いていた。

詳細は書かない。というか、あまり覚えてない。我々の話、親の話、亡くなった子供の話、どちらかというと、代表ご家族(養子をたくさん迎えている)の話と、実親さんの話のほうを、とくとくと聞いたように思う。

途中、ダウン症のあの子が登場した。ダンナが抱っこさせて貰っていたが、人見知りの少ないその子は、ダンナのおぼつかない抱っこが気に入らず、抵抗してすぐに奥様のもとに返された。

養子となる子がダウン症の子の場合も大いにあるという事を示唆されているのだと思う。

ダウン症だから、養子に出す親がいるのだそうなので、率として多いのだという。

話がはずみ、4時間の予定が5時間ちかく滞在してしまい、外は真っ暗だった。

代表さんは、我々を気に入ったような言葉を掛けてくれ、意気揚々と帰宅したのだった。

この団体では、妊娠時から養親に連絡があり、その時点で家庭訪問にくるという。

次は家庭訪問か…。引越の荷物がまだ散らかっており、急いで片付けなくては、と焦ったものだが、その日は待てど暮らせど来なかった。

 

NPOでの養子縁組 説明会


ちょっと過去を振り返りながら、養子縁組の話を書いています。

2016年春、不妊治療にピリオドをうった私達夫婦は、45歳まで申込みOKというNPO団体に登録の申込みを行った。

登録するには、まず、説明会に参加しなくてはならなかったが、これがなかなか先まで満員で、枠が無かった。

ホームページを見ると、キャンセル待ちがある…と書かれていたので、

とりあえず、申込みのシートに必要事項や、これまでの経緯を書き、「キャンセル待ちをしたい」と書き添えてFAXをした。

すると、翌日、そちらの事務所から電話があり、現在、行われる予定の説明会は全て満席だが、直前にキャンセルが出ることがあるから、1週間くらい前に電話で確認をしてほしい。との話だった。私たちが大変苦労してきており、子供を切望している夫婦だという事を、代表にも伝えると、言って下った。(感激)

それで、そろそろ電話を掛けよう…と思っていた頃、また、向こうから電話をいただいた。

埼玉の説明会でキャンセルが出たが、来られるかどうか?という事で、もちろん、その日のスケジュールは空けてあったので、即OKした。

説明会は、NPO団体の近くの市民会館の一室で行われ、100名近い人が、全国から訪れていた。渋滞で遅れてしまった我々は、結構前の席になり、代表と、その奥様、そして実際に養子縁組をされたご家族の話を聞いた。

代表のご夫婦は、やはり不妊で実子がなく、養子を何名も育てられているご夫婦。ほんわか優しいけれど、正義感の強い、明確な信念を持ったご夫婦である。

自分達の不妊の話、養子縁組の話、子育ての話、この活動の話を、熱意を持って話してくださった。

私もダンナも、すっかりお二人の人間性に心頭してしまい、「ああ、ここで、縁があり、子供と出会えたら、なんと幸せだろう」と思った。

養子を迎えられたご夫婦は3組か4組だったか。皆さん、口を揃えて、「実子と何も変わらず、可愛い。幸せだ。」と語った。

中に、お一人で来られた養親さん。この方は二人目のお子様を養子で迎えているが、その子はダウン症であった。

それでも「上の子よりも、とても育てやすく、可愛い」との事。

ただ、他のご夫婦同士のように、仲良く子供の事をお話する姿はなかったようで、私は寂しさを感じた。

会場には、スタッフのお子様など、数名の赤ちゃんがいて、その中にはまだ養親さんが決まらない、ダウン症の子がいた。

代表さんは、「ぜひ、この子と会っていってください。ダウン症の子は、とても可愛いです。」と言っていた。この子は、養親さんが決まらなければ、代表さんご夫婦が引き取るという事だが、彼らの年齢を考えると、それは厳しいのだと思う。

説明会に集まった方々は、みんな、子供を望んでいるのだが、実際、ダウン症の子供を引き取る覚悟はないのだった。

事実、終了後、みんなを見送るその子の周囲には、全く人だかりはなくて…、でも、私が近づき微笑みかけると、満面の笑みを向けるその子を、私も又、養子に迎える覚悟はないのだった。

あー、なんて話だろう?

結局、私達は、子供に家を継いでもらいたいと考え、親兄弟から、世間からどう見られるかを考えている。未熟な自分に腹が立つ。

そんな、自分を再認識した説明会だった。

10円ハゲできた


今、仕事をかけもちしているのですが、両方共忙しくなってしまい、気がついたらハゲができていた。そうだ、前に出来た時もマンションが大規模修繕中だったな。そういうストレスもあるのだろうか…?

養子縁組の話はどこまで書いたのだろうか…。東京都の養子縁組の話が、ダンナが書類を書いてくれないせいでご破算になったという顛末までだろうか?

前後は忘れたが、私は違う団体のホームページをたくさん見た。

その中に、確か、あの事件になった団体のページもあったと思う。

あれは何が問題だったのだろうか? いまさらながらリンク。

 

賛否噴出 ネットで“赤ちゃん”をあっせん!?(NHK)

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3895/1.html

この2番目に出てくる、『赤ちゃんの未来を救う会』

「育て(の親)はゴロゴロ来ますよ。何人でも、何百人でもいけます。」

「そもそも福祉の仕事は、俺の仕事じゃない。マッチングしてお金もらうのが基本かな。」

と言う理事の、その軽薄さは皆が反感をいだくものだが、

生命を売買するような…そんな感覚は倫理に反するのだろうか?

私だって、お金があったから治療を続けられたのだ。言い方を変えればお金で自分の子供を買おうとしていた。もっとお金があれば、海外でお腹を貸してくれるお母さんを探していたはずだ。

SEXで命を授かる事が尊いと信じていたら不妊治療は出来なかった。でも最初は、本当にそう思っていて、出来なくて、割り切る事にしたのだ。何処までが正しく何処までが間違っているのか?

医療で助かる命があるが、それだって、お金があるのとないのでは出来る治療が違うだろう。

やり方、言い方さえ変えれば、そういうことで商売をしている団体はいるのだ。

でも、それを大見得切って喋ってしまうと、問題になる。…と。

ハゲが増えそう。

東京都の養子縁組(5)


この前の続きです。

養親研修の次の段階。それはレポートと各種の書類提出だ。

  • 居住環境(間取り、同居人等、夫婦の家族)
  • 養親になりたい動機
  • 子育てのイメージ、コミュニティとの関わりについての意見

などなど、結構書かなくてはならない文書があった。私は1週間かけて下書き〜清書まで行った。

「さて、私はこんなふうに書いたから、それを見てあなたもレポート書いてね」

と、自分の文書をダンナに差し出す。

が、

なんやかんやと理由を付けて、やらない。

そのうち、児相から催促の電話が掛かってきた。

「提出していただき、来月頭くらいには家庭訪問を済ませたい」との事だ。

しかし、やらない。「やらなきゃねぇ」と言うばかり。

そのうち、書類の上に違う書類が溜まり…、

私もガミガミ言うのに疲れてしまった。

「あなたが、やる気がないのなら、もうやめよう。」

と。

これで我々のトライは終わった。

本当に情けない話だが、真実なのだ。

あんなに頑張ったのに、ダンナが付いて来てくれなかった。

単に面倒くさがりなのか、それとも、他人の子供というのがネックなのか。

ダンナは「治療をもう一度やろう」と言った。

↑ 2015年秋の話でした

私は、それならば転院し、違う治療を試したい…と、最期となったクリニックに通うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

続きはまた〜

東京都の養子縁組(4)


この前の続きです。

「里親認定前研修」のシメは、施設見学…です

私達を含めた養子縁組を希望するチームはそれぞれの住所によって各地にある乳児院に見学に行くのです。

私達は、家から便利とは言いがたい、車で片道40分くらいかかる乳児院に決まりました。

乳児院は港区など都心に多いそうで、やや田舎の我が家の近くにはないのだそう。

もし養子を迎えるチャンスが来たら、私がA子さんのように日参しなくてはならないのか…と思うと様々な不安が頭をよぎる。

が、進むしかないのだ。私は不妊治療の時と同様、熱意に燃えていた。

 

さて、当日の午後、この日も暑かった…。乳児院に駐車場があるかわからず、近くのスーパーに車を停める。歩いて乳児院に行くと、門前で暑そうな表情の男性が待っていて、案内をしてくれた。ここには5組くらいの夫婦が来ていただろうか、薄暗い部屋に輪になって、乳児院のスタッフさんから院の紹介、子供達の生活、実情、の説明を受ける。

スタッフさんの話は、これまでの講師や児相の方々のとは違い、より子供に寄り添った熱意のあるものであり、ショックであり、心を打たれた。

乳児院側の言い分と行政とは大きな隔たりがあるように思う。

(うる覚えでザックリな説明です。間違いがあるかもしれません。)

この乳児院には0〜2歳までの子が30数人いるが、その多くは養子に出させる事はなく、3歳を迎え児童養護施設にシフトされる。え?なぜ? こんなに養子を望む夫婦が多いのに…。と思う人もいるだろう。それは実親が権利を手放さないからだ。諸外国では子供を育てられないと見なされた親は強制的に子供を取り上げられて養子縁組にだされてしまうのだそうだが、日本では「血縁」を一番に重んじ、育てられない実親に親としての権利があるのだそうだ。

実親としては、「いつの日か、この子を引き取って…」という気持ちがある。

しかし、日々の忙しさで面会に来る回数は減る一方。ひどい例では一年に一度しか会いに来ない親もいる。子供の世話は施設に任せきり。お金も世話もかからず子供はどんどん成長する。

そして、「再婚するのでやはり育てられない」といった頃には、「可愛い時期を通り越し、家庭の生活に移行が難しい年頃の施設育ちの児童になっている。子供は3歳までが一番可愛いし、まだ、家庭になじめる。私達はその可愛い時を親に見て貰いたい。」と、スタッフさんは必死に訴える。

家庭をしらない子供達は、そのまま成長し、普通は大学もいかず、18歳になると施設を出される事になるのだ。

これって、なんなんだろう? この部分の法改正を、誰も訴えていないのだろうか?子供は誰しもが平等に幸せになる権利があるって、講義でも言ってなかった? すごい格差なんだけど…。

言いようのない怒りを私も感じた。

最初に我々を案内してくれた男性は、「子供の将来のために、早めに手放してほしい」と実親側を説得をするが、難しいのだと言う。

この施設で現在マッチング中の子を含めて養子の候補になっているのは6名だそうだ。残りの子には、どんな将来があるのだろう?

お話を聞いた後、施設内を見学した。

私も通った幼稚園のような園内。子供達は見学者に慣れっこで、愛想良く振る舞う。

まだ産まれたばかりの赤ちゃんもいた。ジュン君を思い出さずにいられない。この子は誰に貰われるのだろうか?

 

続きはこちら

東京都の養子縁組(3)


この前の続きです。

夏の暑い日のこと、私達夫婦は平日の2日間10〜16時に東京都子供家庭総合センターで行われた「里親認定前研修」に参加していました。

ここでは特別養子縁組を前提とした「養親」とそうでない養育を目的とした「里親」の両方の認定の為の研修を一緒にやり、2日目の午後にそれぞれに別れます。ここでいう「養親」は、戸籍も自分のとこに入れる子供を持ちたい親で、「里親」は独り立ち出来るようになるまでの一定期間その子を家庭に受け入れるというホストファミリー的なものです。我々はもちろん前者希望です。

研修は、分厚いカリキュラムに沿って各分野の講師が行います。東京都の養子縁組の制度、預けられる子供と実親の実態、児童の身体や心の勉強、親同士のコミュニティーの紹介と多岐に渡っていました。

カリキュラムを追記します。

1日目:

  • 社会的養護・行政説明(1h)
  • 用語原理(1h)
  • 小児医学(1h)
  • 発達臨床心理学(1.5h)

2日目:

  • 児童福祉論(1h)
  • 里親養育援助技術(1h)
  • 先輩家庭体験談(以下は養親希望者のみ)(0.5h)
  • 助言(0.5h)
  • 特別養子縁組〜家族を迎える〜(1.5h)
  • 質疑応答(0.5h)

 

面白いものもあれば、退屈で眠くて仕方の無いものもありました

広い会議室で、おそらく満席状態。年齢層は、やはり40代が多いように思います。

そうそう、この制度は50歳までが里親対照ですが、やはり若い方のほうが優先なのだと児相の担当者が言っていました。また、私達が登録した時、この管轄では7組のご夫婦が養子を待っているという話でした。

ごめんなさい、正直、一年以上前で記憶が定かではなく、残してある資料を読み返してここに書くほど面白い内容でもないので、印象深かった事だけを書いておきます。

養育里親になると、養育費が結構貰えるらしい…。

http://child-abuse.main.jp/youikuhi-teate.html

上にリンクをはるのはどうかと思ったのだけど、他に金額の書いてあるサイトがなく暫定ではります。 お金目当てで里親になり、その後、虐待などないように、認定が厳しくなっているのだ。養育にはお金も手間もかかる。善意と覚悟なくして里親になどなれないはず

先輩養親さんの話

2日目の午後に、11年前に養親となったA子さんの体験談を聞く事が出来ました。ほんわかしたお喋り好きな可愛いお母さんです。フレンドリーに「なんでも応えますから質問してください!」と仰ってくれました。ご自身の身体の理由で妊娠が望めず、児相を訪ねました。この話がとても素敵だったので、覚えてる限りで書いておきます。

A子さんはとても頻繁に児相に電話をしました。児相の担当者も言っていましたが、やはり、積極的な人のほうが、たまたま話が出てきた時、持って行きやすいとの事でした。

ある日、児相からの連絡で女の赤ちゃん(確か1歳になるかならないか…)が養子候補としてやってきたという事でした。

A子さんは、その赤ちゃんに会うため、さっそく乳児院に出向きます。そこで、数人の赤ちゃんの中に、その子がいたのですが、ガラス越しに見ていると、その子とバッチリと目があい見つめ合ったのだそうです。それは、何か「私はあなたの家に行くのよ」と言われたような…、運命を感じる瞬間だったそうです。

それからというもの、いける限り毎日、A子さんは乳児院に通いました。

(乳児院では、その親と子がうまくいくであろうかを時間を掛けて見て判断し、次の段階、お泊まりや外出などに進みます。)

A子さんは仕事を持っていましたが、会社に事情を話し、乳児院に立ち寄ってから出社をしました。

ちなみに、、その当時は緩かったのでしょうが、現在は、子供を保育園に預ける事は許されない…はずなので、夫婦のどちらかが専業主婦である必要があります。

小さな子供というのは、1週間も顔を出さないと、すぐに大人の顔を忘れて泣き出したりするようです。もし、「この子」と決心したのでしたら、A子さんのように日参する努力が必要ですね。

しばらく通うと、女の子はA子さんを自分のママとして扱い、他の子が近寄るのを嫌がるようになりました。

質疑応答では、「養子であると他の親御さんに言っているか?」との問いに「言っていない。たまに困るのは、出産に何時間かかった?という話題」と言って笑わせてくれました。

血縁がなくても、こんなにいい関係を築けている話を聞いて、なんだか勇気のわく私でした。

続きはまた〜